石川県金沢市で創業62年を迎える不動産会社クラスコ。同社では長年、営業から管理業務まで、社員の手作業による情報検索やシステム間のデータ転記が業務の大半を占めていた。人件費の実に8割が非生産的な作業に消えていたという課題に対し、同社が打ち出したのは「AIを全員が当たり前に使う現場づくり」だった。

人件費の8割が検索と転記に消えていた

不動産業界の現場は、物件情報の照会や契約書の作成、顧客からの電話問合せ対応など、定型的な確認作業と転記作業の山である。クラスコでも例外ではなく、社員がパソコンに向かって同じ内容を何度も入力し直す時間が日々の大半を奪っていた。人手不足が深刻化する中で業務量は増え続け、現場の負担は限界に達していた。

多くの会社がこうした課題に対し、高額な専用システムを入れるか、一部のITが得意な社員だけにAIを使わせようとして失敗する。クラスコが選んだのは、Google Workspace上の有料版Gemini(ジェミニ)を全社員に一斉付与する方法だった。しかし、単にアカウントを配っただけでは「使い方がわからない」「日々の業務に追われて触る暇がない」と放置され、月額費用だけが垂れ流しになるのが落ちである。同社はこの壁を、極めて泥臭い組織運用で突破した。

22,862時間 年間削減時間 12人分相当の人件費削減
59.1% 新人成約率 研修期間を1ヶ月短縮
327件 現場主導の改善業務 1年で全社横展開

ツールでなく『朝礼5分の事例共有』が効いた

クラスコが全社定着のために設計したのは、毎朝の全社朝礼で「誰がどの業務をAIで改善したか」を日替わりで1人ずつ発表する運用ルールだった。特別な研修や分厚いマニュアルを用意したわけではない。現場の社員が「物件の紹介文作成を短縮できた」「お客様への返信メールの下書きを作らせた」といった小さな成功体験を、毎朝5分で共有し続けたのだ。

これにより、「あの仕事にも使えるかもしれない」「あの後輩ができるなら自分も試そう」という横展開が爆発的に進んだ。導入から1年で現場主導により改善された業務は実に327件に達した。物件掲載ミスの自動チェックで年間510時間を削減した例や、新人研修に客役のAIロープレを組み込んで成約率を41.8%から59.1%へ引き上げた例など、削減された時間はより付加価値の高い営業活動や接客へと転化された。

AIはもはやパソコン同様の標準装備。人手不足とインフレ時代に企業が生き残る鍵は、一部の詳しい人だけでなく『全社員が業務のOSとして毎日使う仕組み』を作ることにある。
小村典弘(株式会社クラスコ 代表取締役社長 / 全国賃貸住宅新聞取材)

有料Geminiを配る前に無料でできる一歩

同社は結果として年間22,862時間の削減と、売上2億円増という大きな成果を公表している。だが、従業員5〜50人規模の会社がこの事例を自社に移植する際、いきなり全社員分の有料アカウントを購入する必要はない。成果の真因はGeminiというツールの性能そのものではなく、「朝礼で使い道を報告し合う」という行動の習慣化にあるからだ。

まずは無料版のAIツールを数名の現場担当者に試させ、毎朝の朝礼や終礼で「昨日AIで楽になった作業」を1分で話してもらうことから始めればいい。費用は1円もかからない。社内で「AIを使うと作業が早く終わって褒められる」という文化ができあがり、日常的に使う業務が増えてから有料アカウントの契約を検討すれば十分だ。

この型が効かない条件とライセンス垂れ流しの罠

ただし、この運用モデルには明確な「効かない条件」が存在する。経営陣や管理職に試行錯誤を許容する姿勢がなく、社員が発表した内容に対して「そんな細かい作業にAIを使うな」と批判されるような環境では、共有の場は一瞬で無力化する。また、朝礼での事例発表という日常的な共有の仕組みを回せない組織では、全社に有料アカウントを配っても毎月のライセンス料が垂れ流されるだけの結果に終わる。

なお、同社が発表している「売上2億円増」という数値については、不動産市場の需給変動など外部要因との切り分けについて厳密なデータが開示されているわけではない。数字の派手さを真に受けるのではなく、「一部の詳しい人に頼らず、全員で小さな改善を積み重ねる仕組み」にこそ、中小企業が参照すべき本質がある。判断と最終責任は人間が握りつつ、退屈な転記や検索はAIに委ねていく。その第一歩は、明日の朝礼の5分間から始まる。

出典 / SOURCES

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